大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和34年(う)432号 判決 1959年10月14日

控訴人 被告人 阪本三郎

検察官 竹内猛

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴趣意は記録にある弁護人一木正光提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

所論は要するに、本件浴場は一般公衆を対象としたものではなく又営利の目的を有するものではないから、これを経営するについて大阪府知事の許可を受けなくても公衆浴場法第二条第一項には反しないし、同法が浴場営業に許可を要するとしたのは職業選択の自由を規定する憲法第二二条に反するというのである。

原判決挙示の証拠によると、被告人は福田秋幸から、同人が公衆浴場を経営する目的で建設し、公衆浴場法による営業許可を申請して得られなかつた本件建物を買受け、堺労働福祉援護協会という名義で、将来は右建物に隣接して堺市を中心とする一般労働者及びその家族ら生活困窮者の福祉と援護を目的とする簡易宿泊所、夜間診療所等を開設することを企図し、その手始めとして簡易宿泊所の付属浴場と称し、右建物において厚生温泉という名称を使用して浴場経営を開始し、堺労働福祉援護協会名義の会員証を発行し、入口及び屋内に会員以外の入浴は断わる旨、又は会員証を番台に示されたい旨を表示した掲示をし、入浴料金大人一〇円、小人五円、女子洗髪料五円とし、一般公衆浴場と同様の形状及び規模を有する設備をととのえ、公衆浴場法第二条所定の大阪府知事の許可を受けることなく浴場を開設したこと、その対象とするところは、主として日雇労務者、低額所得の労働者、未亡人及びそれらの家族、身体障害者等生活に困窮している者で、その所属する各団体を通じて交付した会員証の所持者であるが、原判決の示すとおりその制限は厳守されてはおらず、右浴場は付近一般の居住者の利用にも供されており、入浴料金が低廉なので遠方の一般居住者もこれを利用しているのが実情であり、又右経営による収入によつてその従業者に対する報酬等の経費をまかない、なお利益を挙げていることが認められる。従つて右浴場は不特定且つ多数の者を相手として、一般公衆を入浴させることを業とするものという外はない。またたとえ入浴者を右会員証所持者に限定したとしても、これを交付すべき者は堺市を中心とする前記低額所得の一般労務者及びその家族等であり、これらが右浴場を利用する場合は、一定の旅館又は宿舎等に宿泊又は居住する者がその付属の浴場を利用する場合とは趣を異にし、その入浴者の性格に「公衆性」を帯びていることを否定することができず、これらの者に入浴させることを継続的に事業として経営する以上、公衆浴場法第二条第一項にいわゆる業として公衆浴場を経営する場合に該当するものというべきであると考えられる。同条が業として公衆浴場を経営することを許可制にしたのは、これを業者の自由に委ねてその偏在濫立を防止する措置が講ぜられないときは、その偏在濫立によつて、これを利用する一般公衆に対し不便不衛生を来すおそれがあり、この点において公衆浴場業が公共性を有していることによるのであることは、原判決引用の最高裁判所の判例の示すとおりであり、この趣旨から考えても、同条の公衆浴場には前記のように、入浴者を堺市を中心とする低額所得の一般労務者及びその家族等のみを対象とするような浴場をも包含するものと解するのを相当とする。そして同条が公衆浴場業を許可制にしたことが、憲法第二二条第一項職業選択の自由の規定に違反することがないことは、前記判例の趣旨によつて明らかである。なおもし所論のように、浴場業者が独占的に利益追求に専念し、入浴料金を不当に値上げしている等のことがあれば、厚生当局の注意を促し、行政運営の面においてその不当を是正する等おのずから講ずべき方途があるべく、右の如き事実ありということをもつて右法条の違憲性の論拠とするは当らない。論旨は理由がないので刑事訴訟法第三九六条により主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 万歳規矩楼 裁判官 小川武夫 裁判官 柳田俊雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例